6)謙虚である

2020.08.11.Tue.15:40, auther: shida
category: 家づくり始める人がやるべき事, comments(0), -

 

 

 

家づくり始める人がやるべき事

第6回です。

 

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第1回:自分の好きを知る

第2回:相談する/話しを聞く

第3回:あなたが幸せになる

第4回:変わる事を認める

第5回:決断・行動を早やくする

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今回は

 

「謙虚である」

 

 

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何事も謙虚であるほうがいいと思います。

ただし

謙虚である事と

「主体的に考えない」

「主体的に行動しない」

とは違います。

 

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今回の話は、どちらかというと

家の形についての考え方です。

 

 

私は、あまり建築家の設計した家が

好きではありません。

 

もちろんすべての建築家設計の家を指すわけではありません。

 

建築家設計の いい家 はたくさんあります。

 

好きじゃない家の、その理由は・・

建築家の意図する表現が

自己中心に感じてしまうケースがよくあるからです。

 

 

建築家というのはやはり表現者です。

 

何か問題に対して回答を示そうとします。

 

たとえば

周囲が雑然とした街ならば

そこに設計する家は、

周囲と縁を切り背を向けるような形

を作る事があります。

もしくは、「降りたつ真っ白な鳥」のような

純真な形態や色の家

だったりする事があります。

 

それは一つの回答ではあると思いますが

根本は「周囲を否定」しています。

 

卑屈な考えかもしれないけれど

「私はそんな周りとは違う」

「私は私だけでやっていくから」

とでも言うように感じてしまいます。

 

逆に周囲からみれば

「そこだけ異質」なのです。

 

そういう異質さを作りだす家が

好きではありません。

 

 

 

それは

建築家の設計した家だけではありません。

 

 

デザインという名を使って

自己中心の形を作る建売。

 

商品としての家の形を

それが建つ街の脈略に関係なく作る

ハウスメーカーの家。

 

共通しているのは

 

「自分」だけにスポットライトを当てている事。

 

 

 

周囲を考えず

自分のコンセプトだけを表現してるのなんて

論外です。

 

 

例えば・・・

解放感を出すために、とか

形体の表現、とかで

とても大きなガラスの開口のある家。

 

隣の家の人は、

そんなあけっぴろげな家に対して

どうしたらいいんでしょう?

 

その家のために隣の人は

窓を開けられなくなったり

カーテン閉めたままにしないといけない。

 

迷惑ですよね。

 

 

例えば・・・

普通の家が並んだ落ち着いた街に

ある日、すごい形の家ができたとしたら

 

周りの人はどんな気持ちでしょう?

そこだけなんだか異空間で

落ち着かないですよね。

 

 

自分の家なんだから

どんなもの作ろうと自由かもしれない。

 

でも、

家というのは街にあるんです。

つまり、家は、街をつくる一つの要素です。

 

この街が好き・・

と、その街の人は思っています。

(違う場合もあるけれど)

 

その街の良さや調和を考えない

「自分の家だから」っていうのは

違うと思います。

 

「こういう家がこの街に必要なんだよ!」

という自意識の家は、

まったく不要です。

 

 

「調和」なんて年寄りくさい?

 

調和はつまらないかもしれない。

でも、

街の調和があるから

その街はみんなが好きなわけです。

 

家は、街を作る要素のひとつ。

 

そういう謙虚な気持ちで考えないといけないと思います。

 

 

 

家には少なくても「木を一本」

植えて欲しいと思っています。

それが難しければ鉢植えでもいいと思います。

その一本が、家と街をやわかくつなげてくれます。

 

それも、謙虚な気持ちです。

 

 

土地は本来、誰のものでもないんです。

 

「いっ時使わせてもらう。」

 

そんなふうにみんなが考えたら

いい街が増えるなと思います。

 

 

 

( つづく )

 

 

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